「槍ヶ岳をめざして 表銀座縦走」ヤマレコ公開しました


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テーマ : 山登り
ジャンル : 趣味・実用

不作の夏

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今年の「巨砲」は数は多くついたのだったが、お盆を過ぎても色むらが多くて、害虫防止の袋の中で身が萎んでしまったものが多くて、「ブドウ!」という逆三角形の房は一つもなかった。肥料が原因なのか長雨のせいか?・・・???
ちょうど、TVで「温暖化の影響」で、山形では名物さくらんぼの成績が悪化し、なんと、「ミカン」を作りはじめている農家もあるそうだ。山梨県では、温暖化の為、やはり葡萄の色付きが悪く、生産量(出荷量)が落ちていると言う・・・
私の場合は、自己満足の為だけの家庭菜園でやっていることなので、形は悪くても、味を十分楽しめる程度のつもりではあるが、でも、かっこ良い成果品に仕上がれば、自慢したくもなって、友人にプレゼントするのも楽しみにひとつになっていた。
それが、袋の数で50ケ程度で笊1つにも満たない収穫だった。
これが本業だったら、間違いなく倒産である。

「農」を通して、一番気が付くようになった事は、天候のことである。
畑を耕耘機で耕すにも、雨がいっぱい降ったあとは、ぬかるんでしまい土はもっとベトベト状態になってしまう。苦土石灰を撒いてアルカリ性の土壌にさせるにも、適度に乾燥した時に耕さないとよく混ざらない。
土作りを失敗してしまうと、作物はイジけてしまうのか、成長も味も良くない。

そんな試行錯誤を繰り返す中で学習してはきているのだが、こと、暑さ対策の分野ではまったくの経験不足と学習不足と痛感している。

これからの時期は、「白菜」の作付けとなるが、品種もいろいろあり、また、セシウム(放射性物質 made in JAPAN)
の高い畑と低い畑があるので、安心して作付けできる畑は限られてしまっている。

いろんな事を考えながら、きっと、買った方が楽なのだけど、また耕そうと思っている。


テーマ : 食品・食べ物・食生活
ジャンル : ライフ

原発事故避難で自殺、・・・原発事故が原因

毎日新聞 転記
2011年3月の福島第1原発事故に伴う避難生活中に自殺した女性の遺族が東京電力に約9100万円の損害賠償を求めた訴訟で、福島地裁(潮見直之裁判長)は26日、「自殺と原発事故との間には因果関係がある」と認定し、東電に計約4900万円の賠償を命じた。原発事故後の避難住民の自殺を巡り、東電の賠償責任を認めた初の司法判断となる。(3面にクローズアップ、社会面に関連記事)

 原告は、渡辺はま子さん(当時58歳)を失った夫幹夫さん(64)と子供3人。判決などによると、原発事故後の11年4月、自宅があった福島県川俣町山木屋地区が計画的避難区域(当時)に指定され、福島市のアパートでの避難生活を余儀なくされた。同年7月1日朝、はま子さんは一時帰宅した自宅の庭先でガソリンをかぶって火を付け、死亡した。

 遺族は12年5月、自殺は原発事故が原因として提訴。避難後に抑うつや食欲減退などうつ病の兆候を示すようになったと主張し、自殺と事故の因果関係の有無が最大の争点となった。

 判決で潮見裁判長は、はま子さんが山木屋で生まれ育ち、事故で避難するまで生活してきたことなどを考慮し「自宅での家族の生活、地域住民とのつながりなど、生活の基盤全てを失った」と指摘。仕事を失ったことなども含め、「強いストレスを受けた」と判断し、自殺との関連性を認定した。

 そのうえで、「東電は原発事故を起こせば核燃料物質などが飛散し、居住者が避難を余儀なくされ、精神障害の発病や自殺につながることも予見できた」と指摘し、自殺と事故の因果関係を認めた。

 東電側は「はま子さんはストレスへの耐性が弱かった」などと主張していたが、判決は「耐性の弱さは、受けたストレスの強度を増幅する効果をもたらしたに過ぎない」として、事故の自殺への影響度合いを8割と認定。生きていれば得られたはずの利益や慰謝料などを計約5500万円と算定し、その8割と弁護士費用を賠償するよう命じた。

 原発事故後の自殺を巡っては、原子力損害賠償紛争解決センターの和解仲介手続き(原発ADR)で慰謝料の支払いで和解したケースもある。今回の訴訟で潮見裁判長は和解を勧告したが、遺族側が「判決で東電の責任を明記してほしい」と応じなかった。【喜浦遊】



ADRで和解調停せずに判決の道を突き進んだ渡辺幹夫さんに感謝したい。
減額されてしまったことにはご本人は拘りはないはずだろう。彼が求めたものは東電の謝罪なのだ。
事故後、突然に日常の生活が奪われ、将来ビジョンも見えない生活を強いられたら、どんな方だって異常な心理状態に陥るに違いない。
それは、突然避難を強要され、現在もなお不自由な避難生活を送られている方に限らず、避難こそ免れた多くの県民も、事故前日までの生活を取り戻せていないのが実情である。
亡くなられた渡辺はま子さんはじめ、多くの方が直接間接的に命を断ってしまった。
それを、ずうっと3年5ケ月もの間「自分の責任ではない!」とそっぽ向いてきた東電。
政府は、「原発事故は、たまたま福島原発だけが津波が原因で起った事故」として封印し、原発再稼動を急ごうとしている。
亡くなられた方々は、原発を憎んで命を断っていった。「原発さえなければ・・・」と。
自然災害であれば宿命とわりきることもできるかも知れないが、原発事故はあきらかに「人災」である。
だから心の整理なんてできっこないし、わりきることなど到底できないのだ。

原発事故が原因で亡くなられた方々の願いをしっかり受けとめて理解できるものはではなくなのだ。

もう、やめようよ!原発は!





テーマ : 原発再稼働
ジャンル : 政治・経済

デジブック「槍が岳にむかって」公開しました

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テーマ : 山登り
ジャンル : 趣味・実用

北アルプス表銀座の槍ケ岳への旅

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去る8月13日の午後から、今では息子娘のような関係になった若者と三人で槍が岳に挑んだ。
山旅は、憧れの表銀座を縦走し槍の山頂をきわめる予定だったが、天候に恵まれず、予想も出来なかった秋雨前線の影響を受けて大荒れとなり、槍の顔さえ拝めることもできずに水俣乗越しから槍沢に下ることになった。
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穂高と燕岳の登頂経験はあっても、予定では山2泊の総距離43kmに及ぶ大冒険だった。健脚の若い二人に同行願いをしたところ、快く忙しい日程を調整してくれていっしょに行けるようになった次第。
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若い二人とは3年前に山で知り合えて、その後、厳しい山々をいっしょにこなしてきていたので、私にとっては心の支えにもなっていた。
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悪天候の為に、槍へのルートは風雨にさらされ、同日の北アルプスでは遭難者が6名もあり、亡くなられたかたも出た。
予想を超えた増水のスピード。
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約1週間過ぎた今思うことは、三人で先が読めない状況に中、早め早めに判断し、無茶をしなかったことだけに尽きる。
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未練はもちろんあるのだったが、約700枚もの写真整理をする中で、気付かされることがいっぱいあるのだった。
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それは、、、ダイナミックな景色を共に堪能することはできなかったけど、互いの体調を気使ったり、心中を思ったり。
結果的にはそれまで以上の三人の「絆」というものを育てることができた。
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No mountain No life
山の奥深い一面を感じさせられた山旅だった。

テーマ : 山登り
ジャンル : 趣味・実用

遥かなる尾瀬ヶ原 デジブック公開しました


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テーマ : 山登り
ジャンル : 趣味・実用

「燧ヶ岳と尾瀬ケ原」 ヤマレコ公開しました

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7月27日28日、1泊2日の日程で尾瀬へ
合計距離: 31.67km
ちょっと歩きすぎでしょ(笑)


テーマ : 山登り
ジャンル : 趣味・実用

静かな和尚山 ヤマレコ登山記録公開

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口太山山頂からの安達太良連峰

今では大好きな山となった「安達太良連峰」
安達太良山に初めて登ったのは三男がまだ小さかった頃で、確か山開きの時だったと思う。
雨模様で、細君と三人で登ったのだったが、自分自身、その頃は全く山には興味が無く、ピクニック感覚で登った(行った)のだった。
三男も自分も悪路でドロドロの登山道を転びながら、多くの登山客の中に混じって、流れに押されるように山頂まで辿りついた。三男は既に辛くて泣き出しそうな顔をしていたのを思い出す。
下山はもっと大変で、三男のお尻は泥んこだらけで、新聞紙もなくてズボンを脱がせて車に乗せたような記憶がある。
どうして、あんな辛い思いまでして多くの人が登山にくるのか理解できなかった。
その時以来、山に登ることもなく20年以上過ぎ去った。

2回目に安達太良山を訪ねたのは2008年8月だった。本格的に山に取り付かれた時期で、それ以来毎年のように登るようになってしまった。
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一週間前の7月26日、安達太良連峰の中で、まだ登ったことのなかった「和尚山(標高16001m)」に登ることができた。
登り始めて直ぐに石筵川を渡ることになったが、増水していて困惑してしまう。
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石を投げ込んだりしたが、流れが速くてうまくいかない。
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靴を脱いで、裸足で川を渡るしかなかった。これでも登山(笑)
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川渡りに30分以上かかり山頂付近までの展望のない樹林歩きが約3時間。1組のご夫婦とすれ違ったが、他には誰もいない静かな登山道だ。ようやく眺望が開けてきた。
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和尚山山頂から初めて見る安達太良山頂。
まったく違った山容である。
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下山時の川渡り。水が冷た過ぎて、飛び跳ねるように渡るしかなかった。


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後から知ることとなったが、石筵川は沢登りの人気コースになっていたようだ。
和尚山の印象は、同じ安達太良の一角ではあっても、全く異なった空気感があり、改めて安達太良の大きさをかんじてしまった。



テーマ : 山登り
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ドットドット

Author:ドットドット
原発事故まではハーブや自家製野菜・果物作りの生活を満喫していましたが、放射能汚染されてしまい、もう無理。
今は仲間と大好きな山登りをして写真を撮り歩きして楽しんでいます。
原発事故後の風土と日常をとりあげてをいこうと思います。

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