4年目のパッションフルーツの手入れ

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4年前の5月に千葉県富里市のホームセンターに立ち寄った。その時にパッションフルーツの苗を見つけて1本購入して帰宅。
時計草とも言うらしく、独特の花が咲き、花が終わり夏には約30個の実をつけて、おいしく食べることができた。
ただ、南国のフルーツなので、福島では外での冬越しは不可能、試行錯誤しながら大きな鉢で室内で越冬。4年目の春をなんとか向かえた。
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でも、新しい葉のつきが良くないので細君と鉢を外してみたら、鉢の中は根っこだらけ。土はどこに消えてしまったのかと思うほど。
これじゃあ、呼吸困難でダメなわけである。
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労わるように丁寧に根をほぐしてみると、こんな感じ。
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新しい培養土に大好きな油かすを混ぜて、また鉢に戻してテラスのネット脇に安置。
疲れてしまったのか?元気がないけど、寒さ以外はタフな性質だから大丈夫だろう!
他に、水に入れて根出しさせ越冬した挿し木の苗が10本程度あったので、ポット植えにした。
いつの間にか、菜園作りに夢中の歳になっている(笑) だって、今年、還暦だもんなぁ・・・


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テーマ : 家庭菜園
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熊本大地震 深刻な被害拡大に閉口してしまった 

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スマホに震度5以上を告げる地震警報が頻繁に鳴り続く。
3.11東日本大震災から6年目。
悪夢がよみがえってきた。余震が1ケ月以上続き、福島県も特に道路や山崩れ、ダムの決壊など大きな被害が出た。現在も当時のままの場所も残っている。
今回の熊本地震のように直接的に建物が全壊してしまうような被害は少なかったが、津波によって流され失われた人命は約18000人。加えて、追い打ちをかけたように福島原発がメルトダウン。
今尚、約10万人が帰還できない漂浪の生活を強いられている。

熊本地震
TVでは目を疑うような大きな被害を報じ、唖然としてしまった。土煙に覆われた熊本城や爆破されたような住宅街。巨大な橋の崩落。比較的新しい建物(新耐震基準)さえ、メチャメチャに崩壊してしまった。
報道によると一夜にして97cmも東西に地盤が広がってしまった活断層地震。
そして震源地が活断層に沿って移動中だという。

私は3.11以来、地震が発生すると「原発は大丈夫だろうか?」と直結的に思うようになっていて不安になるのだ。
熊本地震でも当初から再稼働した川内原発と伊方原発が気になっていたが、川内原発は不謹慎というのか?まだ稼働中である。
かつての菅総理大臣が高浜原発を停止させたような英断を下せない安倍総理。
朝刊にも地図が載っていたが、活断層線上付近には2つの原発が存在する事が良く理解できる。

新耐震基準でできた建物ですら崩壊している巨大地震が目と鼻の先に発生したというのに、再稼働の条件をクリアできた原発だから停止する必要はないというのだ。過信にも程がある!これをバカと言わず何と言うのか???

今、この瞬間も、熊本県や大分県は9万5000世帯、約24万人もの避難勧告を受けた方が西へ東へ奔走されている。
この時点で原発事故が発生したらと思うと・・・恐ろしくなってくる。
東日本大震災では原発事故に関連した死者数は1500人以上もいたのである。避難中の過酷な生活によって亡くなられた家族を持つ同僚もいる。
なぜ!3.11震災の教訓を生かされないのだろうか?

川内原発は即刻停止しなければならない!せめて、余震が収まるまでの間だけでも!

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2010年5月2日撮影:阿蘇登山の帰路、外輪山の峠から振り返る「阿蘇の涅槃像」

美しい熊本が一刻も早く元のような平穏に包まれますように(合掌)

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6年目の春 避難解除準備区域の山木屋一時帰還

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原発事故により川俣町山木屋地区は全域避難。6年目の春が山木屋にもようやく訪れた。
5年前に仮設住宅でお会いした方が一時帰還(3ケ月間)されたというのでご自宅を初めて訪問した。
広い敷地で、駐車場から玄関まではゆうに50m。庭先には咲き始めたばかりのしだれ桜と樹齢300年を超えているというアカマツが家主を待っていたかのように鎮座。圧倒されてしまった。
2日前には雪が積もったそうだ。

大きな古民家というのか?玄関に入ると広い土間があり、仕切りのない茶の間が広がり中央に掘りこたつ。
こたつの西側に利用者さんが横になっておられた。
「起きているのが辛い」と言うが、表情は明るくて、仮設でお会いしていた時の顔ではないことに気がついた。

5年間に及ぶ仮設住宅でも生活は比べにならない程狭く、息苦しいものだった。そして、常々、ある意味の緊張が続いていたという。

一時帰還して、そうした緊張から解放されて、「気が抜けてしまったようだ」とご家族が語った。
帰還してからは、気持ちが明るくなり、広い屋敷を歩きたがっていても、足が思うように動かないそうで、横になる時間が多くなった。
お天気の良い時は縁側から庭のアカマツの巨木をずうっと眺めていて、「いいなぁ」と言っている。


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お茶をいただきながらしみじみと感じたこと・・・
あの原発事故後、にわかに避難指示が決定され、チリジリに仮設住宅等に分散。
先の読めない避難生活を開始。こんなに広くて気分の良い住環境を捨てて去っていったご家族の辛い想いを察する。
何も悪い事もせず、真面目に農作業を営み培ってきた生活が一瞬で失われた。
一方では、避難が長期化するにつれ、聞こえてくる「補償金やら賠償金をもらっているから、いいよなぁ・・・」という陰口。
賠償金がいくら支払われても、穴埋めできない日常が、今でも続いていると実感した。
そして、、、もう、仮設には戻りたくない。というご家族の声。

心がへし折れてしまってからでは復興なんて、できっこない。
一日も早い完全帰還を果たしてほしいと強く願う!

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残雪期の箕輪山

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山仲間に箕輪山で再会しました。
終日お天気にも恵まれて楽しかったあぁ


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ドットドット

Author:ドットドット
原発事故まではハーブや自家製野菜・果物作りの生活を満喫していましたが、放射能汚染されてしまい、もう無理。
今は仲間と大好きな山登りをして写真を撮り歩きして楽しんでいます。
原発事故後の風土と日常をとりあげてをいこうと思います。

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