「予防」の価値を理解されなかった・・・悔しいなぁ

昨日、「熱中症」で意識朦朧に陥った方がいた。
90歳を越えるご夫婦で、平日は老々介護状態。ご主人の異常な様子に気が付いた奥さんが外でオロオロしているところに犬の散歩をしていた家内が遭遇。
ちょうど、自分が自宅に戻り昼食していた。直ぐに行ってみた。
顔に触れて声賭けすると反応がありホッとした。
会話もでき、聞くと寒いという。体温計が見つからないので、家内に自宅に取りに行ってもらったが、その間に、もしやと思い電話して母の栄養補助ドリンク(メイバランス)も持ってくるように伝えた。
体温は38.2度、寒いという訴えで足には湯タンポがあり、暖められていた。
奥さんに聞くと、朝から調子が悪くて食べていなかった上に水分もほとんど摂っていなかったことを知り、「熱中症」と察した。(前月の定例会で勉強したばかり・・・)
メイバランスをすすめたら30cc程度しか飲めない。
家族には看護士の娘や孫がいるのを知っていたので、連絡して孫に帰宅してもらい病院に連れて行ってもらった。
やはり「熱中症」だった。


共に支えあいながら生きてこられたが、ご主人は冬に脚立から転落して肋骨を折る大怪我。
除染後の砂利につま突いて、顔面強打して1ケ月間寝込んだ奥さん。
客観的に見て、歩行困難なレベルで「要支援1~2レベル」状態。
家を守るお嫁さんが朝来てくれて、今後の不安を語ってくれたので介護申請を薦めたのだったが、娘が看護士なので、気兼ねをしていた。
でも、主たる介護者になるお嫁さんの負担を察すると、介護認定を受けて住宅改修等の転ばないようにする為の環境整備が必要だと思い、娘さんに相談する「話し方」までアドバイスした。


今晩、その娘さんから電話がくる。(来たぁ~!)
緊急時の対応に対する御礼から始まったが、そして直ぐに介護申請の拒絶を告げられた。
「頑固な親だから、介護認定を受けても拒否するに決まっているから、好きなようにさせてあげたい。寝たきりになったら、私も介護できるし孫のMも看護士だから身内でできるから、そう家族で決めました。私の娘も、今は介護関係のトップをやっているから対応できるので・・・」
(・・・やっぱり、そうなったてしまったかぁ・・・)


常々この仕事をしていて感じていた事だったが、それは、医療系の職に就いていた方の感覚は自分達の感覚と違っていることだ。
解りやすく交通事故に例えて言えば、自分達は「交通事故が起らないようにする」ことを考える。
しかし、医療系の方は「交通事故にあい、どこをどのように怪我し、どう治療しよう」と考える。
医療施設内での対応が、そのまま在宅でも介護イメージに展開してゆくのを見てきた。

転んでしまってから、何処が骨折したのか?手術か可能か?結果、寝たきりになれば、どうするか?
それって、前時代的感覚だろうと思うのである。

CM(ケアマネージャー)の介護マネイジメントに至っても、ヘルパーあがりのCMと看護士あがりのCMの意識には大きな違いを感じていた。
例えば、「床ずれ」の問題が、そうなのだ。
ペルパー経験者のCMは、「私の担当する利用者には、絶対「床ずれ」は起こさせない」という信念を感じるが、看護士経験者のCMは「床ずれ」に対し鈍感な様子で、「床ずれは必ず発生する。そうなったら処置すれば良いし、栄養が摂れなくなり悪化すれば寿命にすぎない」とドライな感覚である。

転倒して大怪我して、突然と寝たきりになりオムツ生活が強いられて廃人化されていく人生と、自然な老いによって徐々に朽ちてゆく人生。どちらしかない選択が老後であると思えば、どんな人でも後者を望むと思うのだ。

えてして身内に看護士がいる家庭では、前者のケースが多いと思っている。
訪問看護という在宅サービスの多くは、寝たきり状態となってしまった方の介護の中で、ヘルパーが禁止されている医療行為を在宅で処置してくれる重要なサービスでありその価値は大きいと評価しているが、その貴重な豊かな経験と知識が「予防」レベルで活かされていない。

昨今、「医療と介護の連携」という言葉が多く聞かれるようになってきたが、そもそも、金のかかる医療を未然に防ぐためには、事が起らないように介護を「予防」してゆく感覚を医療系の方の認識を持つことが絶対的に欠如していると感じる。

子供が刃物の使い方を知らなくて怪我してからでは手遅れになるから、親は刃物の使い方を教えてあげる。
それが「予防」である。

怪我をしなければ「医療行為」のお世話にはならなくて済むのだ。

「認知症」も予防可能な病気ならば、絶対にそうならないように「予防」したいのだが、それが解らなかいままだ。

結局のところ、それ以上の深入りはできなくて、介護申請は却下されてしまった。
でも、主たる介護者候補はお嫁さんであり、家にいない身内(現場を知らない看護士の嫁いだ娘さんは遠くにいる)に気兼ねしながら、そもそも他人である老夫婦の介護を強いられる日が続いてゆく。

介護とは、本人と介護者の両輪の関係であり、特に介護者の負担軽減が「介護」の世界の中枢であると自分は理解している。
「転ばぬ先の杖=予防」が介護のスタートである事を看護士の娘さんは理解してくれなかった。



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原発事故まではハーブや自家製野菜・果物作りの生活を満喫していましたが、放射能汚染されてしまい、もう無理。
今は仲間と大好きな山登りをして写真を撮り歩きして楽しんでいます。
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