5年目の南相馬

彼岸をむかえ、細君と南相馬に。
春らしい穏やかな日。霊園を訪ね花をたむけてきた。
その後、松川浦で食事をとろうと移動。
IMG_20150321_131836.jpg
メイン通りは地盤沈下した道路のかさ上げ工事が進んでいた。周辺の高さとの関係もある為か、50cm程度のかさ上げでもU字溝の入れ替えと内海に面する護岸工事だけでも大変な工事の様子だった。
IMG_20150321_131551.jpg
食事処は3軒のみ。
最初に入った「たこ八」は1時間待ち。震災前に市場周辺にたくさんあったお店に行ってみたが、2軒のみで、そこも満杯で閉店の看板が立つ。その1軒はカレーのみのメニューだった。
市場は瓦礫は無くなったものの、更地となり何もない。
DSCN7998.jpg
食事をあきらめて南相馬に向った。
復興したハウスいちご農園が数軒。海に面する広大な水田は塩害と放射能汚染により耕作できないまま。
水田の表土を剥ぎ取る工事が進んでいる場所もあり、重機が数多く置いてあったが、オペレーターが不足しているのだろうか?動いている重機は少ない。
DSCN8000.jpg
やがて白い壁が現われた。津波の襲来を防ぐ万里の長城
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ピンクのリボンがしの竹の先端に結ばれて、あちこちに立てられていた。異様な感じ下りてみた。
数は少なかったが、茶碗や衣類、洗濯干しの台座を見る。
ここは集落だった。
そして、リボンはご遺体が発見された場所を示していた。
重なるようにリボンが挿されていたところもあった。
(もしかしたら・・・)と脳裏をよぎった。
線香を焚き手を合わせ去ってきた。

その後「奇跡の一本松」へ
関西や遠くから来られた方が数人。

見える風景は空と荒野の中を通る道路だけ。

海抜ゼロと化したこの地は復興できるのか?

身も心も重たくなって帰路につく。


http://www.digibook.net/d/e194cb53805f8019eb1fb17660be0bde/?viewerMode=fullWindow
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Author:ドットドット
原発事故まではハーブや自家製野菜・果物作りの生活を満喫していましたが、放射能汚染されてしまい、もう無理。
今は仲間と大好きな山登りをして写真を撮り歩きして楽しんでいます。
原発事故後の風土と日常をとりあげてをいこうと思います。

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