6年目の春 避難解除準備区域の山木屋一時帰還

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原発事故により川俣町山木屋地区は全域避難。6年目の春が山木屋にもようやく訪れた。
5年前に仮設住宅でお会いした方が一時帰還(3ケ月間)されたというのでご自宅を初めて訪問した。
広い敷地で、駐車場から玄関まではゆうに50m。庭先には咲き始めたばかりのしだれ桜と樹齢300年を超えているというアカマツが家主を待っていたかのように鎮座。圧倒されてしまった。
2日前には雪が積もったそうだ。

大きな古民家というのか?玄関に入ると広い土間があり、仕切りのない茶の間が広がり中央に掘りこたつ。
こたつの西側に利用者さんが横になっておられた。
「起きているのが辛い」と言うが、表情は明るくて、仮設でお会いしていた時の顔ではないことに気がついた。

5年間に及ぶ仮設住宅でも生活は比べにならない程狭く、息苦しいものだった。そして、常々、ある意味の緊張が続いていたという。

一時帰還して、そうした緊張から解放されて、「気が抜けてしまったようだ」とご家族が語った。
帰還してからは、気持ちが明るくなり、広い屋敷を歩きたがっていても、足が思うように動かないそうで、横になる時間が多くなった。
お天気の良い時は縁側から庭のアカマツの巨木をずうっと眺めていて、「いいなぁ」と言っている。


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お茶をいただきながらしみじみと感じたこと・・・
あの原発事故後、にわかに避難指示が決定され、チリジリに仮設住宅等に分散。
先の読めない避難生活を開始。こんなに広くて気分の良い住環境を捨てて去っていったご家族の辛い想いを察する。
何も悪い事もせず、真面目に農作業を営み培ってきた生活が一瞬で失われた。
一方では、避難が長期化するにつれ、聞こえてくる「補償金やら賠償金をもらっているから、いいよなぁ・・・」という陰口。
賠償金がいくら支払われても、穴埋めできない日常が、今でも続いていると実感した。
そして、、、もう、仮設には戻りたくない。というご家族の声。

心がへし折れてしまってからでは復興なんて、できっこない。
一日も早い完全帰還を果たしてほしいと強く願う!
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テーマ : 福島県
ジャンル : 地域情報

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Author:ドットドット
原発事故まではハーブや自家製野菜・果物作りの生活を満喫していましたが、放射能汚染されてしまい、もう無理。
今は仲間と大好きな山登りをして写真を撮り歩きして楽しんでいます。
原発事故後の風土と日常をとりあげてをいこうと思います。

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