11.22 福島県沖M7.4発生 続く余震

前日から長男家族がやってきて、翌日にせまったマイホーム購入の最終取引の準備確認をして楽しく会食し早めに就寝。
福島第1原発から直線65kmも離れた福島市内でも高濃度の放射性物質が飛散し、特に小さな子供を持つ方が多く県外に去っていかれた。
当時、初孫の出産準備でお嫁さんは実家の相馬に帰省する予定だったが、3.11はその直前に発生した。
2ケ月後に家族が避難した郡山市の病院で無事に誕生。
その郡山市も汚染されてしまっていたので、特に赤ちゃんの健康被害を心配して1ケ月もたたない時期だったけど、孫たちは東京に戻り棟をなでおろした。
でも、5月末に父が亡くなり再び家族や親族が集まったが、都内に住んでいた父の兄弟である親族は放射能被ばくを恐れて来なかった。当時は放射能汚染による健康不安を払拭できる十分な情報は少なく、線量計を見つめ、出来るだけ室内に留まる生活を強いられていた。葬儀の時の室内線量は毎時0.4~0.5μsvをさしていた。
葬儀が終ると、子供たちや孫はその日のうちに帰したが、地元のそして大人たちは、放射能によるガンで苦しむ前に寿命が尽きるなどとお道化ていたことを覚えている。

あの過酷事故から5年半。孫も4人に増えた。原発事故以前の福島を知らない世代である。

子供たちの家族も孫の成長に合わせ借家生活からマイホームを探し始める歳になってきた。
この夏に子供たちが中古物件を見つけ相談を受けた。原発事故後県外に自主避難された若いご夫婦が住んでおられたもので、避難後は空き家状態で、多額の住宅ローンを返済し続けていた。敷地内に埋めた一時保管した除染廃棄物がまだ残った状態だったが、立地が良く、屋外の空間線量も毎時0.1μsv以下となり、また建物も高気密高断熱新耐震基準の物件だったので購入に賛成した。
廃炉作業がどうなって行くのか不安はあったが、3.11のような大きな地震はしばらくは発生しないだろうし、福島の原発は再稼働は出来ないだろうと願っていた。
11.22には残金取引を行い、登記移転して念願のマイホームに初宿泊する予定で、車内には寝具を積み込んできていた。
KIMG1982.jpg
6時前、ガタガタガタガタと揺れが始めどんどん強くなりとび起きて1階に駆け下りた。
(3.11の時は余震でも揺れを追いかけるように山がうなる音も聞こえていたことを思い出す)
既に長男が起きていてTVを見つめていた。
小さな孫を抱いてお嫁さんも起き出して、「どうしてこの日なの!」とやりきれない表情。みんなでTVを見入った。
3.11の時には停電してしまい、TV中継所のアンテナも停止して、一切の情報が途絶えていたことを思い出した。
あの時の津波では親族を2人亡くしていたので、浜の方には自己判断せず避難してほしいと願った。
長男は朝食もとらずに、職場に単身戻っていった。そうするしかない立場だった。
20161122.jpg
飛散物質を覆っていたシャルターが撤去され、むき出し1号炉。建っていた!
20161122_2.jpg
ここは内陸なので津波被害はないが、原発から直線で40kmの位置にある。
インターネット回線も支障なく、ライブカメラで原発の状況を知り一安心。でも1~3号炉の使用済核燃料はがれきの中にそのままm残った状態で冷却し続けていないと過酷事故になる。
我が家の地震による被害は幸いになかったが、職場に向かう途中、浜方向に向かう県警の数台の特殊車両とスライドした。
職場は、2階の会議室の天井が一分落下していた程度で済んだが、3.11の時はガラスも割れ、壁もヒビだらけ。
表面を補修しただけで現在も使用中。危険度判定を希望しても無関心の本部・・・
余震は今でも続いている。幸いに停電は避けられたので、大きな混乱はなく通常勤務ができた。
お昼過ぎに、息子家族から無事に取引完了できた連絡も届き一安心。
11.22(夫婦の日)と言うのだそうだが、「フゥーフゥー」の日となった。


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Re: 良かったですね〜

こんばんは、
こちらにもコメントいただき、うれしいです。
東京オリンピックまでわずか4年になりましたが、とっても不安に感じます。
開会式の時に懸念される大地震が発生しない確証はなにもないし、論議すらなされていません。テロよりも甚大な被害予測がなされていても、一切その対応ができていないのです。
豊洲だって津波対策はなされていませんよね?盛土対策ではなく浸水対策が必要だと思っていますが、都民ファーストの指揮はあっても都民自身の危機意識は皆無なのでしょうね。安全を担保されるものは何一つ完成されていない中、オリンピックなのです。
3.11の教訓を活かせるか?皆無です。

江戸文化の下町はどうなってしまうのでしょう・・・
地震がオリンピックが終わるまで発生しませんように!と拝むような政治では大古の世界と変わりありません。

せめて、津波対策だけでもオリンピックに間に合わせてほしいと願います。
首都移転構想も論議されなくなってしまいました。東京が沈んでしまえば、地方も含めて正に日本沈没します。
3.11や熊本どころじゃないってわかっているのに、、、悔しい思いでいっぱい!
私の姉は練馬駅前の寿司屋(都寿司)に嫁いでいます。
津波の心配はない場所だと思いますが、道路も狭く、古い建物(旧耐震基準)の密集地。
火の海になってしまうだろうって姉が心配しています。
幸いなのは近くに稼働中の原発が無い事だけ。
koyoさんは、地震予知できたら1秒といわず速やかに八千穂に避難されてくださいね♪


>   大きな地震が又福島を襲って。
> 何だかやりきれない思いです。
> でも不動産の契約良い夫婦の日に出来ておめでとうございました。
> 良いと思うことで前に進まなければ何も始まりませんものね。
> 地震で何事も無くて良かったです。
>
> 何だか、南から、北から大きな地震の報道ばかり。最後は東京に集中かな?と思ってしまいます。
> 怖いです。
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原発事故まではハーブや自家製野菜・果物作りの生活を満喫していましたが、放射能汚染されてしまい、もう無理。
今は仲間と大好きな山登りをして写真を撮り歩きして楽しんでいます。
原発事故後の風土と日常をとりあげてをいこうと思います。

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