母、特養退所の準備

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3.11震災直後に父が亡くなり、四十九日が過ぎると、母の様子に変化が始まった。
あの時から5年半が過ぎた。レビー小体型認知症の特徴と言われる幻聴や幻覚そして徘徊に振り回され介護申請。
深夜に家を抜け出してしまう事がないように家中の出入り口に細工をしたり・・・
投薬が合わない度に体調や表情もどんどん変化し、母ではなくなっていった。
母も変わったが、自分自身も怒りっぽくなり大声まではりあげてしまう程変わってしまった。
職場はありがたかった。一時でも解放され普段通りの自分に戻れていたが、帰宅する頃には憂鬱になる。排尿や排便の失敗も始まって、休日は見守りを細君に押しつけて、自分だけ登山にでて気晴らし三昧。
デイサービスやショートステイを限度額ギリギリまで計画していただき、細君の負担も和らげることができた。

介護職に身をおいていた自分であったが、母にはどうしても優しくできず、顔を見る事もイヤになっていた。
心の中では死ぬまで在宅介護をと思っていたのだったが、ショートステイの年間利用日数限度の180日間の枠がいっぱいになってしまった時、要介護3以上だと特養の入所申し込みが可能なので、町内にある3施設全部の特養に入所申し込みをした。と、言うか・・・、せざるを得ない心境だった。
CMから区分変更のアドバイスがあり、要介護3から要介護4に改められた。認知症の進行が認められたのだった。
それでも入所待ちは250人を超えていたので、いつ入所が決まるかは亡くなる方を待つだけで、全く先が見えないし途方に暮れた。
老健に申し込んでも施設が少なく、それも順番待ちの状況で、我慢が強いられる日が続いていたが、新しくできた老健で空きがでて3ケ月間だけの入所がきまり、デイサービスから帰宅せずに直行で入所。3ケ月間は「自由」になれると安堵した。
それから先のことなど考えてもしょうがない。退所が迫った時まで考えないように蓋をした。
週1回程度着替えや洗濯物の届けを細君にお願いし、細君に様子を聞く日が続く。
その施設も、普段の仕事で頻繁に出入りさせていただき職員さんとも顔なじみではあったが、母にはいつも会わずに職員さんに「よろしくお願いします」と告げて出てきていた。

(・・・親不孝な息子さんだよね?)って言われていたに違いない。

仕事では同じような方々に優しく接することができ、自己採点でもAランクだろうと自負さえしていたが、母にだけは、ずうっと冷酷な自分だったと思っている。

在宅介護の福祉用具専門相談員という立場で介護現場に訪問する毎日で、親の食事やオムツ交換を献身的にやられている家族も多い。私と同じくらいの息子さんもお母さんのオムツ交換も笑いながらやられているもを見ると愕然となった。
その度に、自分は専門家でありながらそれができない。とても情けなく感じてしまうのだった。

老健に入所して約1ケ月半が過ぎた時、入所申し込みをしていた特養から突然電話が入った。
要介護3から要介護4になったので、どんどん上に繰り上げられて入所できるという事が真相だったのだ。

もう少し在宅介護もできるかもしれないと細君も言ってくれたが、断ると、いつまたお声がかかるか不明である。
母の希望など聞けば「住み慣れた家で過ごしたい」と言うに決まっている。心を鬼にして入所の返事をしたのだった。

入所契約で施設に訪問。膨大な書類の説明を受けたが、署名押印をどんどん進めた。すると、終末期の対応をどうするかという「誓約書」だったかと思うが1枚の書類の説明でストップする。
死ぬまで施設にお願いするか、終末期は在宅で看取るかというもので、またそこで悩む。
その書類が無いと契約が成立しないのだ。

終末期の状態って?
仕事で接する方々の顔がうかんだ。

あのように寝たきりになれば徘徊の心配もないだろうから、ヘルパーさんの力を借りれば在宅での看取りも可能かもしれないと思って、それにチェックを記して渡した。

それから1年半が過ぎた。

突然、施設から携帯に電話が入ったので、何か大問題が発生したと直感。
それは予想を超えていた。
「食事が摂れなくなり、口径摂取が困難で点滴治療をしています。現在の体重は29kgで、終末期と判断しています」
との連絡だった。

施設に電話をかけなおし担当CMと翌日10:00のアポイントをとる。
相談室に通されると、次々に職員さんが入室されてきてた。CM・相談員・看護師・担当介護士・栄養士の方々で、状況説明を聞く。
そして、終末期を迎えているとの事で、入所時の在宅での看取りの意志確認がなされた。
この特養では、最後まで施設にお世話になりたいという方がほとんどであり、在宅で看取りを希望する方は稀であり、家族の気持ちが変わったとしても今からでもOKですよと言われた。
でも、気持ちは固まっていた。「在宅での看取りをしたい。2月10日が87歳の誕生日なので、その日は自宅で祝いたい」と告げる。
職員さんが心配されていたもう一つの事は主たる介護者となる細君のことだった。
一晩負担がかかるので、「奥さんともしっかり話し合いされて、今後をどうするかのご返事をください」と言われた。
約1時間の打ち合わせが済むと、母の部屋に連れていっていただいた。
私は息子でありながら細君任せで、恥ずかしい限りであるが、入所後1年半、一度も母の部屋を訪ねた事がなかったのだ。
デイサービスやデイケアが併設されている施設で、仕事では毎日くらい仕事で訪問する施設だったが、母には会わずにいたのだった。
部屋は個室になっていた。小さい!もとより小柄だったが、あまりにも変わってしまった母の顔を見て愕然とする。声掛けしても反応すらない。口元に耳を寄せてやっと聞こえる吐息。
できるのなら、このまま連れて帰宅したいくらいのショックを受けた。
介護職員と施設看護師の方から更に詳しく経過を教えていただく。
2ケ月前からきざみ食に変わりなんとか食べる事ができていたけど、口に入れても飲み込まないで口の中に残ったままで、目を閉じてしまう。食事介助に約1時間かかっても2割程度の量。
水分もトロミをつけて吸い飲みで少し摂取できる程度で脱水症ぎみ。
点滴を繰り返すようになったという。
手引きでトイレまで歩けて、一部介助で済んでいたけど、水分も足らないので少量の排尿。
2-3日前からは寝たきりとなり寝返りもできないので、2時間おきにに体位変換していた。
いつ床ずれが発生してもおかしくないという。
きざみ食も危険なので、エンシュアリキッドにトロミをつけて、なんとか1日3缶程度は摂取できている。
冷たいポカリスエットやヤクルトなら少し飲めるとの事。
オムツは1日4回の交換。
入浴は体重が軽すぎて浮いてしまうから機械浴で介助も必要。
ヘルパーさんの入浴介助ができれば自宅での入浴もできるかもしれないとも言われる。
大急ぎ事業所に戻り、以前お世話になっていたCMさんに相談し、在宅に向けた準備を依頼。
その夜、細君との話す。「悔いが残らないようにして」と短い返事をもらったのだった。
翌日、その結論を施設CMに連絡し、退所前カンファレンスの日時を決めていただいた。
1週間が過ぎて、施設関係者と在宅介護に必要な訪問介護・訪問看護・福祉用具と家族(私と主たる介護者となる細君)が集まり1回目のカンファレンスがあった。
会議終了後に母の部屋にみんなで行き会っていただく。
2日前と同じように口を開けたまま眠っている。でもマットレスはエアマットに変更されてた。
大きな声で施設看護師が声掛けすると、少し反応があった。
難聴でほとんど聞こえない様子だが、左耳ならば大きな声は聞こえるらしい。
関係者が大勢ベッドを囲んでいたので少し照れくさく思ったが、自分でも声をかけてみたら、確かに少し反応があった。
「息子の声はわかるんだよ!」と訪問看護師のUさん(顔なじみ)が笑顔で教えてくれた。

翌日、往診に来た先生からもお話しがあると聞き伺うと相談室に通された。前回と同じ顔ぶれの職員さんが集まられていた。
在宅支援のCMさんにも同席していただき、少し待つと病院の医師と看護師が入室。

主治医からは現在の病状説明が詳しくあり、在宅での看取りを希望する私に対し、「大変だと思いますが、終末期を住み慣れた自宅で過ごす事は本人にとっても幸せだと思います。在宅では家族といっしょに良い時間をお過ごしください。在宅では山口鶴子医師が伺がうんですよね?」と言うだけだった。遺漏や経管栄養などの延命治療の話があるのだと思っていたので拍子抜けしてしまい、私から主治医に聞いてみた。
「経管栄養も考えましたが、必ず看取りの時がくるし、本人が苦しむだけだと思うので、このまま看取りをしようと決めました。」
主治医からは何も返事がなく、「それ以外に何かありますか?」
「投薬に関して、便秘薬と胃腸薬とアリセプトの3種処方されているのですが、在宅ではアリセプトを止めたいと思っています。入所前にもアリセプトを処方され飲んでいたのですが、よだれが出て食欲も落ち、表情もなくなり、M病院の医師にアリセプトを止めて良いかと確認して止めた経緯があります。そうすると、それらの副作用がなくなり、表情も戻りました。今は、食欲を取り戻す策が大事だと思うので、そうしたいのですが、ダメですか?」
すると、主治医は「そうした過去の経緯や記録がなくてわかりませんでしたので、アリセプトは止めても良いです。」
(・・・何の為に処方をいつから再開していたんだよ!)と内心は不信に思ってしまったが、時間は巻き戻しできないから不問とした。
山口鶴子医師は高齢者終末期医療の第一人者として知られた大先生でした。
順天堂大学におられたが、震災後に故郷の町内に診療所を開設され、終末期ケアに親身に取り組みされている医師で、利用者さん宅で何度かお会いさせていただいていた。

その山口先生のお力も得られる環境となり、心強く思っている。
高齢者終末期に関わる質の社会医学的研究

主治医との在宅での看取りの確認が為され、施設職員との具体的な退所日を決めることになった。
緊急電話が入った時からちょうど10日間。
物的人的な準備もほぼ整い、明後日施設の在宅介護の設備や環境面の実調が予定され、問題がなければ2月1日には退所できる。

主治医と会うまでの間、経管栄養で元気になり、食欲も出て改善できた方にも何度も会う機会があったので、母ももしかしたら回復できるのではないか?せめて春まで、せめて90歳まで・・・ 自然な看取りをすると決めても、一方では延命策も考え始めていたのも事実だった。

いざ、せまりつつある母の死を受け入れることができないでいる自分。・・・弱い!
ふと、ブログを見つけた。「人生いろいろ介護」

自宅で死ぬということ
・・・自宅には過去とのつながりや自分の存在を確認できる空間と時間があります。
何者にも邪魔されない自分だけの世界で人生を振り返ることが出来、納得出来た時に、自分を許し他人を許す事が出来るはずです。

この世で大切な人に出会えたこと、さまざまな経験、人生における苦しみや悲しみさえ、旅立つ時には全てが感謝になり、心から「ありがとう」と言えると思うのです。


死はゴールでなく、命のバトンタッチです、命が自分だけのものでないという気づきが、心豊かに生き抜き、愛とエネルギーを次の命に注ぎ込む事を可能にする事が出来るのではないのでしょうか。
自宅で死ぬ事の真の意味はそこにあるのではないのでしょうか。


筆者の方と何度かコメントをやりとりする。励ましもいただき、私自身の心も整理できた。
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施設のエレベーターの中で相談員の方に「・・・お母さんは、踊りの先生もしていたんですよね?」と聞かれた。
母がしゃべっていたのだろうか?
花の手入れや畑作業、そして踊りの指導など、毎日忙しく活動していた時を想い出す。
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ジャンル : 心と身体

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Re: No title

KOYOさん、コメント今気が付きました。スマホに転送しているのですが、定時になり早々に帰宅。スマホを職場に忘れてきてしまいました。また雪が降り始めていたので戻らずにいました。
2日目となりました。反応はあまりかわりませんが、朝昼夕の三回オムツ交換をお願いしている職場のヘルパーさんから状態を教えていただけるので助かっています。
今日は午後の時間帯に訪問看護師のサービスもあり、わざわざ職場にきてくださり報告を受けました。ケアプランを作成するCMさんは隣のデスクなので、私自身も素晴らしい介護環境下にいるのですよ。幸せ者です!
懸念されるのは栄養補給と水分摂取です。全く自分では動かないので、赤外線センサーも反応しません。
おっしゃる通り昨夜は隣で寝ましたが、吐息すら聞こえないのです。介護ベッドを床から最低の高さ21cmに下げていても、分厚くなるエアマットの上の顔までは見えません。気になると眠れなくなり、起きて顔に手をあてたりしていました。
いっしょに寝るなんて、何十年ぶりでした。手を握ってやったり、液漏れした唇をふいてやったり、簡単ですよ(笑)
でも、オムツ交換だけはヘルパーさんにお願いしています。ヘルパーさんが言っていましたが、あんなに弱ってしまっていても自分で隠すような仕草をするらしいのです。驚と言うか、感動してしまいました。とても私にはできそうにありません。
まして、息子ですから、母だって遠慮するに違いありませんよね?
オムツ交換は食べる量が少ない為一日三回のヘルパーさんのサービスで足りている状況です。
食べるとこと排泄すること。人間が人として生きてゆく上の喜びと苦痛です。
でも、それがどちらも無くなる時に終わるのです。私だってそうなるのだですね。
今、母は言葉では何も発してくれませんが、仕草だけは伝えてくれています。見逃さぬようにしっかり受け止めたいと感じています。
在宅に戻して、良かったぁ!

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原発事故まではハーブや自家製野菜・果物作りの生活を満喫していましたが、放射能汚染されてしまい、もう無理。
今は仲間と大好きな山登りをして写真を撮り歩きして楽しんでいます。
原発事故後の風土と日常をとりあげてをいこうと思います。

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