油絵

8年前にクモ幕下出血で倒れ、その後遺症で認知が進行し在宅での介護も困難となって、余生を施設で過ごされたMさんの葬儀がしめやかにおこなわれた。本葬会場の入口に大小数点の油絵が数点展示されていた。最初はなぜあるのか解らないでいたが誰かがMさんが描かれた油絵だと教えてくれた。風景画と菩提寺山門の絵と仁王様のような厳しい絵・布袋様の慢心笑顔の絵・薄暗い部屋にたたずむ舞妓さん…
ご家族以外ほとんどの方が初めて見るMさんの別な顔であった。私も約20年ほど前にご自宅でお会いしたことがあったが、静かで言葉少ない方だった記憶だけで、あまりMさんのことは知らないでいた。絵といっしょにテルピン油の入れ物や絵の具等の画材も置かれ、なにかMさんと初めて会話ができたような心境になってしまい、本葬までの間ずっと絵に見入っていた(聞き入っていた)。
仕事一筋で生涯独身で兄弟にみとられて他界したMさん。きっと倒れた時にも描き続けていた作品もあったことだろう。病魔に倒れた後は筆も使えなくなってしまい、どんなにか悔しい想いをされていたかに違いない。
写真と違い、油絵は微妙な絵の具の厚みの違いや筆使いをみることができて、画家の心情が強く伝わってくる。楽しく穏やかな気持ちで描かれただろう風景画・滑らかな優しいほんわりとした気持ちで描かれただろう布袋様・激しく厳しい気持ちで描かれただろう仁王様・愛しい人を舞妓さんに換えて描かれただろう舞妓さんの絵。Mさんの心情を痛く知ることができたのだった。どうか天界では大好きだった油絵をエンドレスに楽しんで下さい。   …合掌…
スポンサーサイト

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

FC2カウンター
リンク
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール

ドットドット

Author:ドットドット
原発事故まではハーブや自家製野菜・果物作りの生活を満喫していましたが、放射能汚染されてしまい、もう無理。
今は仲間と大好きな山登りをして写真を撮り歩きして楽しんでいます。
原発事故後の風土と日常をとりあげてをいこうと思います。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: