私の半年

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3月11日午後8時頃
停電で真っ暗の中、大きな余震がずっと続いていた。
ラジオだけが情報源で大津波の悲報を報じていた。
地震大嫌いなハッピーの表情は凍りついたまま。

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3月12日午後3時50分
南相馬火力発電所近く
道路が瓦礫で通れない状況で、歩いて南右田をめざした。
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毎日が訃報が続く。未だ、行方がわからない親族。心のやり場がみつからないまま。
そして、その時から始った放射線量測定の記録。
上がったり下がったりが続き、累積線量は2.9ミリシーベルトを超えた。
このまま推移すれば、年間5~6ミリシーベルトの被爆は避けようがない。

東電は、原発事故による強制避難にのみ一時金の賠償を開始した。自主的な測定の結果発見されるホットスポット今後も続くだろう。その度に安全確保と一体的に補償問題が論じられるわけだが、正しくは、放射線被爆量を受けた人全員にその賠償はなされるべきであり、その基準は政府の都合による暫定値をベースにしているだけで、不公平と言わざるをえない。

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1号機のカバーの取り付けが開始したようだ。この対策がどのような結果を出すのか?
覆われることで内部の線量が高まり、作業員の作業環境が悪化する為に排気筒から放出すると言われているのだ。
上空の風にのって、放射性物質はさらに遠くに飛散するのか?大きな不安が残る。

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今、原発の状況がはっきりわかっているのは1号機のみ。
2号3号は建屋内部にさえまだ入れていない状況で、楽観的な推測だけで、水蒸気爆発の危険は消えていない。
4号機は運転停止中だったが、1000本以上もの核燃料が入っていた冷却プールは何処に消えてしまったのか?
公開された燃料プールは本当に4号機の映像なのだろうか?
公式は説明は、まだ聞いていないのである。


秋になった。
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花は、いい。ひとときだけでも原発を忘れる。
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表土を10cmは取り除いた畑。
線量は1.2μsv/hが0.4μsv/hに低下したが、簡易に土壌汚染までは計測できない。

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昨年よりも多く実をつけた巨峰だったが、、、






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Author:ドットドット
原発事故まではハーブや自家製野菜・果物作りの生活を満喫していましたが、放射能汚染されてしまい、もう無理。
今は仲間と大好きな山登りをして写真を撮り歩きして楽しんでいます。
原発事故後の風土と日常をとりあげてをいこうと思います。

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